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「日本の藍」伝承と創造(日本藍染文化協会)
「日本の藍」伝承と創造 (抜粋)
阿波藍を語る
〜二十一世紀の健藤食品、医薬品の可能性を秘めた植物〜

松田 忍

NHK出版 2002年(平成14年)5月発行

|はじめに

本文で詳述するように、タデ属タデ(蓼)科の藍(Polygonum tinctorium Lour)の薬効は、古くからそれなりに知られ伝えられてきた。筆者は近年、それらの有用性以上に、藍が人の健康保持と改善に役立つという新しい可能性を見出し、その研究開発に取り組んでいる。

藍は我が国国有の長い栽培の歴史を有する貴重な栽培品種であったにもかかわらず、第二次世界大戦中は食糧増産のために行政機関から栽培が禁止された。その苦難の時代、徳島県上板町の佐藤阿波藍製造所佐藤平助氏(佐藤昭人現所長の祖父)の依頼を受け、親成の農家の主婦岩田ツヤ子さんが危険を覚悟して密かに開拓した山中の開墾地で、毎年栽培を継続、一年草のこの植物種の絶滅を救ったという感動的な逸話がある。この植物は種子の長期保存が難しく毎年継続栽培する必要があったのである。このとき絶滅を免れた種子が佐藤家の厚意でその後国内外に広く提供され、今日にいたるまで栽培・利用されている。

筆者は数年前、この藍が健康食品、医薬品のまれに見る貴重な天然素材となる可能性を秘めていることにきづき、細々とではあるが独力で開発実用化の研究を続けてきた。この植物は、今世紀世界人類の健康と福祉に大きく寄与してくれる天の恵みかもしれないと期待している。その効能に関する多くのことは未だ研究中で、内容を詳しく公開できる段階には来ていないが、藍再発見の経緯と開発研究の一部について触れることにした。今回は世界を悩ましているウイルス感染症エイズについての解説と、その原因ウイルスを中心に、ここまでの過程と今研究中の内容を差し支えない範囲で紹介したい。説明が多少わかりにくい点もあるが、次の機会にはより具体的に示せるかと思うので、ご容赦いただきたい。

|藍の研究の発端と経緯

1995年9月の初め、当時(株)林原生物化学研究所に在籍していた私は、林原健社長の依頼によって九州のある医院に出向き、入院患者の寝具や寝間着などにどのような色が適しているかを、医師や看護婦さんの協力を得て検討した。その結果、何種類かの染め布や染料の中で。我が国古来の藍染めの布が最も適しているという感触が得られた。それまでの30年余りの新薬開発研究の経験から、藍はどうやら大変に素晴らしい天然素材であるらしい、ということに気づいた。そしてその染料で染めた衣類を身に着けるよりも、それ自体あるいはその抽出成分を直接経口的に摂取する方が、現在難治性の多くの疾病の予防あるいは治療に未知の新しい効果が見出せるはずと直感し、それまでにも数回人生の節目になるような大きな研究課題の糸口を発見した時に感じた、半ば意気昂然としながらも身震いするような、強い感動を憶えた。

以後、この素材の魅力に取りつかれ、藍の健康食品としての機能性の開発と応用を目指すこととなった。

その医院には糖尿病の患者さんたちがおられた。下津浦康裕院長とともに予備的内科診察法バイディジタルO‐リングテストを実施した際も、藍はこれらの患者さん方の健康改善に役立つかも知れないと感じたが、後日それが証明されることとなった。

興奮さめやらぬまま会社に戻ると私は直ちに林原社長に、多年の経験から判断して重要な知見を得たことを報告した。そしてこのタデ科植物、藍の成分についての徹底的な研究を早急に開始する必要を説いた。

興味と理解を示した林原氏は、数日後には日本国内の二、三の地域から採集したばかりの生藍と、香港から中国産の乾燥した生薬原料の藍を入手し、私に検討を託された。これらの素材について簡単に検討した結果、多少産地による地域差はあったものの、やはり国内産のタデ藍だけがとくに効力を期待できるという手応えを感じた。

こうして(株)林原生物化学研究所では、山陰地方で自分たちが栽培した生材料を使用して藍の効力研究を始めた。しかし、研究は遅々として進まず、多くの研究者のこの素材に対する評判は悪く、私は「なぜ社長にこのようなものを推薦したのか」「一体何を考えているのか」といった厳しい批判にさらされ続けた。

会社での積極的な味方は社長ただ一人であり、この夢の素材について二人で楽しく話し合ったものである。そして阿波藍はきっといつの日にか、眼力のある世界の一流の医学研究者たちから大きな評価を受ける時がくるにちがいないと考えていた。

3年後の1998年(株)林原生物化学研究所を定年退職し、九州大学藤野武彦教授(専門循環器内科)のご厚意で、九州大学名誉教授らにより運営されている福岡のベンチャービジネス、(株)レオロジー機能食品研究所の実験室を借りられることになった。そこで、以前からの念願だった複数の安全な既知の天然素材を組み合わせた、これまでになかった新しい本物の効果を期待できる健康食品の新製品開発を独力で開始した。当然藍の機能性の開発と応用についても最初から念頭に据えていた。

|佐藤昭人氏との出会い;

翌1999年、私は徳島県上板町に阿波藍の栽培とすくも製造の日本の中心的な卓越技能者、「現代の名工」佐藤昭人氏を訪問した。本格的に藍の研究開発をするために、ぜひとも我が国で最も由来の確かなタデ藍の生材料を提供してもらいたかったからである。数年来の念願がかなえられ佐藤家を訪ねる機会を得た。

その時初めて、佐藤阿波藍製造所の日本最大規模のすくも藍製造場と、そこでの発酵工程の現場を見学し、さらに藍の栽培とすくも藍製造工程の詳細についての説明を傾聴した。また、以前にNHKラジオで耳にしていた、佐藤家の近くの銀杏の大木も見ることができた。

すくも藍製造のための発酵工程は、正確な温度管理が成功要因の一つである。晩秋の時期、この大木の背後からら朝日の射す日の到来を合図に、発酵中の藍の山に二重筵(むしろ)をかぶせるのだそうである。

佐藤氏は、私の夢と希望に満ちた藍の開発研究の話を好意的に全部開き終えた後、今後の材料面での全面協力と支援を約束して下さった。何百年もの間、多くの人々のひたむきな努力によって栽培と染色の伝統技術が守り続けられてきた我が国固有の染料植物阿波藍に、もう一つ新たな発展の可能性が出てきたのであった。私は、佐藤氏の厚意に報いて、この珠玉の素材は経済価値を念頭に置いた単なる商品開発だけに使用するのではなく、機会が熟したら利益を離れて、世界の人々の福祉のために広く役立てたいと考えた。

佐藤氏から早速乾燥した生阿波藍1キロの提供を受けた。同時に素焼きの壷入りの芸術品のような「すくも藍」1キロも分けてもらった。夫人からそれを持ち帰るための手縫いの木綿袋もいただいた。すくも藍は生き物なので(そこに付いている微生物が生きている)、空気の通る素焼きの査や木綿、麻などの袋に入れて常温で保存するのがよいとのことであった。

1995年の、藍の効果再発見の当初、すくも藍溶解物の作用についても調べたが、その時の材料はなぜか生藍のような作用が見られなかった。そのため、素材としては生藍の方がよいものとばかり思っていた。しかし、佐藤阿波藍製造所からこの時入手したすくも藍は、生藍に劣らぬ優れた作用のあることが間もなく明らかとなり、素材を生藍から本家本元のすくも藍の方に切り替えて応用研究を続けることにした。この発見は佐藤昭人氏との出会いによってもたらされた大きな幸運であった。

|藍の効能についての伝承

佐藤昭人氏によると藍染めの衣類は、他の染め布や刺繍の衣料品と違って、強度があり、温度変化に対する抵抗力が強く抗菌力をもつために、何百年間も綻びることなく見事な色調を保っているものが、数多く残されているそうである。絹布も藍染めによって保存牲が飛躍的に向上するために、徳川家康の藍染め衣類が、今も見事な色と強度を保ったまま残されているという。

藍染めの衣類の温度変化と摩耗に対する抵抗力が着目されて、江戸時代の火事(火消し)装束はすべて藍染めの木綿であった。消火後火消し装束は裏返しに着用された。そこには刺青と同じようないなせな絵柄が染められていて、人目を引いた。

さらに、藍布の衣類は古く戦国時代の頃から健康保持、疾病予防、解毒の作用が知られていて、他の染め物と異なり、積極的に医療目的でも広く使用されていたことがわかっている。

藍染めの下着は保温に優れ、体臭を外へ出さない。さらに殺菌力に優れていて皮膚病の伝染を阻止する作用があり、江戸時代の城下町ではその衛生上の効果が注目されて、城の近くに紺屋町(藍染め屋の町)を置いているところが多かった。

また藍染めの衣類には止血効果があるために、その殺菌力と相俟って矢傷に対する有効性が着目され、鎧の下には藍布の衣類を着用するのが常であった。さらに防虫作用や毒蛇の攻撃を避ける効果もあるために野宿にもうってつけであった。野良着、蚊帳、手ぬぐい、産着、おむつなどにも使用されていた。また、藍染めの布は箪笥に入れておくと虫除けになるといわれている。

ふぐ中毒の場合は、適量の生すくも藍を食べれば治ると、佐藤家では言い伝えられている。すくも藍はふぐ毒テトロドトキシンに対する特効薬であったそうで、江戸時代の藍の行商人たちは、長州で一握りのすくも藍と交換に高価な玄界灘のふぐ料理を腹一杯食べることができたという。当時からすくも藍は相当に高価な商品であったことがうかがわれる。

しかし明治以後、伝承されてきた藍の効能は、近代医療に積極的に応用されることはなく、なぜかいつの間にか忘れ去られてしまった。

「原色牧野和漢薬草大図鑑』(北隆館)によると、生藍の葉や乾燥葉、種子の生汁や煎じ液は内服、外用で消炎、解毒、解熱、止血、虫さされ、痔疾、扁桃腺炎、喉頭炎などに効果ありと記載されている。

また歴史館藍の館(徳島県板野郡藍住町)の資料には、藍の生葉汁の塗布は、やけど、口内炎、唇荒れ、腫れ物、毒虫刺し傷に、葉は肋膜炎、月経不服、便秘に、果実は精力減退、腹痛に、葉と実の煎じ液は小児発熱、魚毒に、花と葉の煎じ液は痔に、すくもは魚毒、鎮嘔、止血、殺虫、胃癌に効果があるとの伝承が示されている。

近年の資料では、小冊子『藍 医色同源』(岩城完三、栗本雅司共著、日本文教出版)によると、藍には動物実験で、体内の活性酸素を除去する作用の見られる没食子酸、カフェ酸、ケンベロール、同じく動物実験で抗癌作用、抗アレルギー作用を示すトリブタンスリン、インディルビン、試験管内で血小板凝集抑制作用を有するフラボノイド類(植物性黄色色素の総称)など有用化学物質が含まれているそうである。実際に藍を摂取した場合、これらの有用物質が人の健康保持、疾病予防や対策に体内でどの程度効力を発揮できるかは今後よく調べてみないとわからないが、ともあれ藍がこのようないく種類もの有用物質を含んでいることは頼もしい限りである。

|エイズと病原ウイルス、HIV

1981年6月、米国国立疾病予防センター(Center for Disease Control, CDC)の週刊防疫報告小誌(Mortality and Morbidity Weekly Report, MMWR)に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のゴットリープ博士は、通常は発病しないニューモチスシス・カリーニという原虫による4例の肺炎患者を認め、いずれにも発熱、体重減少リンパ節腫脹の共通症状が見られたことを報告した。その一か月後、同じMMWRにカボジ肉腫という黒褐色の丘疹が生じたカリニ肺炎の症例が、カイン博士によって報告された。これがその後、予後不良の治療困難な難病として、世界中に急速に広がり人類を悩ませることになったエイズ(Acquired Immunodeficiency Syndrome, AIDS, 後天性免疫不全症候群)の最初の報告であった。両報告の全ての患者が男性同性愛者であったことや、一般報道の取り上げ方などが、その後本疾患罹患者に対して世の強い偏見を生むことになったようである。しかし間もなく、注射器を共用していると思われる麻薬常用者の開でも罹患率の高いことが示唆され、本疾患は血液媒介性の感染症である可能性がウイルス学者たちによって当初から予想された。1982年米国CDCと食品医薬品局(FDA)の会合で本疾患はエイズと命名された。

1983年パスツール研究所のモンタニエは、試験管内培養したリンパ節細胞から本疾患に特徴的な抗原を抽出することに成功、次いでその抗原を有するウイルスと思われる小型粒子が電子顕微鏡で認められ、ついに主要病原体のヒト免疫不全ウイルス1型(Human Immunodeficiency Virus type 1, HIV-1)の実態が明らかになった。

このウイルスの本態究明研究にとって幸運だったのは、これに先立つ数年前我が国を代表する著名なウイルス学者、日沼頼夫博士らによって発見されていた成人型ヒト白血病の病原体、ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1l)とモンタニエ博士のEIV-1が同じレトロウイルスグループに分類される、よく似た性質の小型RNAウイルスであったことである。レトロウイルスはその特徴として逆転写酵素(ウイルスRNAを鋳型にしてそれに相補的なDNAを合成する)を有する。米国のギャロ博士はエイズ患者の血清中にこの酵素の活性が認められると示唆していた。この時代このような学問的背景があったがために、エイズはレトロウイルスHIV-1が原因となって血液を媒介として感染する疾患であることが、HTLV-1を参考にして速やかに解明されていった。

その後、HIVには大きくHIV-1とHIV-2の二種類あることが明らかになった。HIV-2は感染力、病原性が弱く、発病までの時期も長く、その流行はほとんど西アフリカに限られている。これまで我が国での発生は外国人旅行者1人しか認められていない。

|エイズの治療薬

世界保健機関(WHO)の調査によると、世界のHIV累積感染者数は3060万人(1996年)で、発病者(エイズ患者)は198万7127人(1998年)と報告されている。最初1980年代前半に米国で発見されたこの疾患は、80年代後半にはアフリカ、90年代に入るとアジアでの増加が著しくなり、90年代後半には東南アジアにおける感染者総数は欧米先進諸国の3倍に達した。今日ではエイズは先進国ではなく途上国を中心に脅威の疾患となっている。

ウイルス感染症は、天然痘に対するジエンナーの種痘ワクチン以来、黄熱病、狂犬病、ポリオ、日本脳炎、インフルエンザ、おたふく風邪、麻疹、風疹、肝炎などの疾病に対して弱毒ウイルスあるいは不活性化ウイルスワクチンの投与による予防(免疫記憶誘導)という対策が実用化されてきた。エイズについても感染あるいは発病予坊のためのワクチン開発が当初からいくつもの研究機関で検討されてはきたが、現在のところ効果的なワクチンの開発は大変に困難で期待できない状況にあるようだ。それにはいくつかの理由があるが、最大の難関は、HIV-1は体の免疫による攻撃をかわすためのウイルス表面の抗原変異が早く、変異サブタイプが多種類あるため、全種類の変異サブタイプウイルスの感染増殖を完壁に抑制するワクチンを開発することが必要となり、これが技術的に困難なのである。

そこで体内のHIV感染を根本から治療するための化学療法剤の開発が望まれるわけであるが、一般に抗ウイルス剤の開発は様々な医薬品開発の中でも特に難しく、抗生物質(抗細菌感染)、制癌剤、成人病予防薬など他種医薬品開発よりも数段高度の知識と研究技術を必要とする。それでも、エイズの治療薬についてはその必要性が社会的に強く求められており、主に米国を中心にこれまで官民一体の懸命の開発努力がなされてきた。我が国でも開発の緊急性が認められていて、米国FDA認可の薬はオーファンドラッグ(特別疾患用薬剤)として4か月で承認されることになっている。その結果、完壁ではないが何がしかの効果のある薬がこれまでにいくつか開発されてきた。

しかし、現在のエイズ治療薬はまだ満足できる完壁なものではない。いずれの治療薬に対してもHIVは耐性となり、どの薬も何がしかの副作用があるうえ高価格で患者負担が重い。2001年ブラジル政府が、販売価格の問題で大製薬企業のエイズ新薬の特許を、人道的見地から自国で非承認にしたことはまだ私たちの記憶に新しい。今後もこのような問題を抱えながらも、さらに良い薬の開発を目指して、世界で研究は続けられていくであろう。

|藍の抗HlV作用

健康食品の天然素材として藍の様々な有用性に着目して以来、私はこの素材は抗生物質耐牲になった種々の細菌、効果的な治療薬がまだ開発されていないクラミジアやマイコプラズマ、薬らしい薬がほとんど見つかっていない多くのウイルス感染などに基因する難治性の感染症に対して、優れた効果をもたらすことができるかもしれないと期待し、ぜひ検討したいものと思っていた。過去に抗ウイルス物質の探索研究やワクチン開発のための研究を続け、その結果に心残りがあったためでもある。当然当初からHIVに対する作用にも大きな関心があった。

HIVに対する抗ウイルス性についての検討は、この病原体の性質上充分なバイオハザード対策のとれる研究設備のある研究機関で実施されねばならない。またこのような重要な研究課題は、もしも陽性結果が得られた場合に、世界の専門家にそれを認めてもらえるように、当初から科学的な手順をしっかりと踏まえて進める必要がある。そこで2000年秋、抗HIV物質探索研究の我が国の第一人者である、東京医科歯科大学山本直樹教授(ウイルス制御学)の協力を得て、共同研究を行うことにした。山本先生は国立感染症研究所のエイズ研究センター長も兼任している。

すくも藍の煮沸抽出液を高速遠心し、除菌ろ過したサンプル液を福岡から東京の山本研究室へ送り、定法どおり試験管内でのHIVに対する効力検討から始めることにした。

2001年の年が明けて間もない頃、山本教授から電話があった。「サンプル試験してみました。結果どうだったか想像できますか? とても良く効くので驚いています。今結果の再現性を確認したところです。ついにやったという感想です。これからしっかり進めましょう」とのことであった。私はあり得ることとは思いつつも半信半疑で聞いていた。しかし、これは現実のことであった。

すくも藍抽出液は今のところ毒性が認められない。ラットに飲料水の代わりに2週間自由に摂取させていても、体重減少や外観上の異常は全く見られない。山本研究室でも、細胞培養液に抽出液を20%という大量に添加しても、そこで生育する培養細抱の生存に変化は見られないことを確認している。

試験管内で活発に分裂増殖するようにつくられたヒトリンパ球由来のMT-4細胞にHIV‐1はよく感染し増殖する。培養液中にすくも藍抽出液を1.25%加えて、ごくわずかのHIV‐1(ウイルス対細胞数=1対100)を感染させてMT-4を培養すると、すくも藍非添加対照で見られるような細胞の形態変化(細胞内で増殖して細胞表面に出てきたウイルスの介在による巨細胞形成)が5日後になっても全く見られず、培養液中に出現してくるウイルス量も対照の約1%程度にまで抑制される。HIV-1が持続感染していて活発にウイルスを産生しつつ分裂増殖する、Tリンパ球由来のMOLT-4/IIIB細胞を、すくも藍抽出液を20%添加した培養液中で4日間培養し続けると、培養液中に出現してくるウイルス量はすくも藍非添加対照の57%にまで抑制されていた。この感染細胞におけるウイルス増殖は激しいために、この感染系で抑制作用が認められる物質はほとんどないが、すくも藍抽出液はこの系でも明らかなウイルス増殖抑制を示した。

ヒト末梢血から得られたTリンパ球を試験管内で植物凝集素の刺激で増殖させ、HIV-1を感染させてその後12日間培養を続けた後調べたところ、すくも藍抽出液を2%添加した溶液ではウイルスはほとんど検出されず、0.2%添加でも出現ウイルスは非添加対照の10%程度に抑制されていた。藍の抗HIV作用の研究は継続中で、今後その輪郭がより明らかになってくるであろう。早急に次の段階へ進み、簡単な動物試験あるいはその前の予備実験を実施したいものである。

|今後の期待

すくも藍抽出液の抗HIV作用についての検討はまだ始まったばかりで、これから多くのことを調べていかなければならない。この先紆余曲折があり、一筋縄ではいかず、時間と苦労を要するかも知れない。しかし、これまでのところ特に毒性が見当たらないこと、ウイルスの侵入阻止、増殖阻止、細胞からの出現阻止という幅広い抑制機序も新しい検討から予想されているために、もしも幸運にもこの天然素材を用いたHIVに効果のある健康食品あるいは医薬品開発が実現した時には、耐性ウイルスがこれまでの人工合成薬剤よりも出現しにくいのではないかと期待している。素材が天然物で加熱処理にも強く、安価に提供できそうなので長期間の服用にも十分対応できるかも知れない。この素材がエイズ治療に貢献できる日が一日も早く来ることを願っている。

エイズは今日発展途上国で猛威を振るっていて、出生の際あるいは母乳を通して母親からHIVに感染した不幸な子供たちが、何百万人もいるとのことである。阿波藍のエイズへの応用はまず最初に、このような経済的に恵まれず、大きなハンディキャップを背負って生まれてきたHIVキャリアの子供たちや、非加熱血液製剤による不幸なHIV感染者たちのために、世の多くの方々の善意と協力を得て国境を超え、商業主義に打ち勝って、真に役立たせたいものと考えている。

藍が愛を補い、このような善意の貢献を通じて『エンデの遺言』(2000年発行、NHK出版)で紹介されたような、世界の市民団体による金融改革運動とも手を携えて、二十一世紀の人類社会を競争社会から共生社会へと変える一助となれば甚だ幸いである。

藍に含まれる作用物質の本態は何かについても、我が国の一流の研究機関で化学分析が進められているが、今のところこれまでになく困難な研究課題のようである。しかし、次第に科学的解明がなされてくるであろう。

また発酵前の乾燥生藍抽出液の抗HIV作用という点についても、当然関心が寄せられるであろう。山本研究室での検討によると、これまでのところ乾燥生藍抽出液にはすくも藍抽出液のような強力で明確な作用はまだ認められていないとのことである。作用物質は分子量1万以上の高分子であるかもしれない。すくも藍の長期間の発酵過程で、生藍に存在していなかった作用のより強い高分子物質が出現した可能性も考えられるが、まだ研究中である。

藍を他の疾患の予防、治療に役立たせる開発研究も、これから一層本格的に進めなければならないと考える。

現段階でまだ確かな科学的根拠が揃っているわけではないが、私は今までの研究経験から、現在治療困難な内科的疾患の多くはウイルスをはじめとする微生物の持続感染に起因するのではないかと予想している。もしも藍がHIVの他にも多くの難治性の感染に効果があるならば、一部の成人病をはじめ内科的治療の困難な種々の疾患の予防、あるいは治療にかなり役立たせることができるかも知れない。抗HIV作用の研究が発端となって、藍がさらに多くの感染症や難治性疾患に対しても効果があることを実証して、世の人々のお役に立ちたいものである。

筆者紹介 松田忍(まつだしのぶ)

1962年東北大学大学院農学研究科修士課程修了。

同年武田薬品工業(株)入社、研究所ウイルス学研究部門に所属。1970年医学博士(東北大学)「インターフエロン誘発剤の研究」。

1990年退社。

同年(株)林原生物化学研究所入社、吉備製薬工場生物学的製剤(インターフエロン)製造管理者兼応用センター参与。

1998年定年退社フリーになる。

同年より(株)レオロジー機能食品研究所研究顧問、ホロンライフサイエンスlNC顧問。専門:ウイルス学、アレルギー学、免疫学、東洋医学、医薬品・健康食品開発研究。


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