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秋石 康氏
「がんを体験して・・」

秋石 康


私は1934年生まれで75歳。40年以上、新聞社で仕事をして、今は地域FMコミュニティラジオの社長をしている。小さなラジオ局なので、営業、番組企画、自分でも番組を持つなど、“なんでも屋”だ。

70歳を超したころ、前立腺がんの腫瘍マーカーのPSA検査を受けた。4.8だったので仙台市内の泌尿器科病院で診察を受けたところ「3以下はがんの心配はないが、 10以上はがんのケースが多い。5前後はグレーゾーン。年に1回、生検をした方がよい」というので3回、生検を受けたが異常がなかつた。

2005年(平成17年)5月27日、前立腺の生検を行つたところ、 12個採取して4個からがん細胞検出。PSAは5.8だった。がんは前立腺内に留まつており、骨シンチに異常はない。尿管にもリンパ腺がない。手術する方法もあつたが、女性ホルモン注射月1回行い、副腎から出る男性ホルモンを抑える薬を服用する治療法を選択した。女性ホルモン療法は、女性が更年期の時に体温が上がるように暑く感じるようになる。乳が膨れてくる人もいる。この年の夏は暑く感じたが、乳は少々、膨らんだ。ガンは高体温に弱いという。

PSAはぐんぐん下がり12月には0.012。放射線治療を行うというので、この病院の方針に疑間を持ち、翌06年1月、別の開業医院(元総合病院泌尿器科長)で生検を受けたところ、がん細胞は検出されなかつた。8月にも再度、生検したところ異常はない。
ただし、女性ホルモン注射は続けた。

その間、06年4月に右首、右耳後部に帯状疱疹が発生して、処方薬を服用して皮膚の症状は消えたが、痛みとかゆみがひどくなり、仙台市内のペインクリニック星状神経節ブロック療法(注射)を約10回行い完治した。

私はホームドクターのような開業医に約20年、お世話になっており、胃カメラ、大腸検査などを受けているが、血液検査で、06年9月頃からガンマGTPが150〜180と急上昇した。アルカリーPが550を超した。GOT、GPTは正常値内だった。

ホームドクターのR先生に11月初旬、エコー検査をしてもらつたところ、肝臓にがんと見られる異常がある。仙台K総合病院の後輩医師に紹介するからすぐ行くように指示された。

肝臓は物を言わない臓器と言われる。黄疸症状が出てから診察を受けてがんが発見されるケースが多い。私はガンマGTPが急速に高くなつたので自ら受診した。C型、B型肝炎、肝硬変でもなく、腫瘍マーカーの一つであるCA19-9は11.2(基準値は37以下)だつた。ガンマGTPはアルコールに反応するのでお酒の好きな人は100くらいあり、私も100前後が普通だつた。R医師は「原因は不明だが早く精密検査をすることだ」と言ってくれた。

仙台K総合病院で精密検査の結果、胆管細胞がんの疑いがあるのですぐ手術ということになり、 12月1日入院、 18日、肝臓の右側3分に1を摘出した。約4センチの腫瘍があり、胆管細胞がんは再発した場合、再手術等は難しい。 5年内生存率はステージI〜Uの場合、40%ということだった。手術したところ、胆管の近くにがんがあったが、胆管細胞がんではなく、肝細胞がんと診断され、肝臓の半分切除の予定が3分の1切除で済んだ。
細胞がんだったので、「私は守られている」と思い、感謝した。

退院は年内でもよかつたが、2週間、特別室で休養して07年1月13日退院した。転移その他がなく抗がん剤などの薬、注射はなかつた。肝臓は再生する臓器であり、 9カ月ほどで元に戻つた。

退院後はホームドクターのR先生の医院で、腫瘍マーカー2種類の採血検査を3カ月ごとに行い、その検査データを仙台厚生病院に持参、超音波、CT検査を受けている。AFP(基準値10.0以下)は2.5〜3.0。PIVKA一UECLIE(基準値40未満)は20〜25。 10年1月に超音波検査を受けたが、異常はなかった。今年8月にCTを受けることにしている。

泌尿器科医院で血液検査、超音波で経過診察を受けているが、女性ホルモン療法は2年間は行っていない。

現在はラジオの仕事を続けているほか、いくつかのお手伝いのようなこともしており、“現役”並みの忙しさ。もちろん、息抜きはしている。お酒はかつてはかなり飲んだが、今は友人、後輩らと時折、量は少なめ。ゴルフは60歳で「ハンデ13」と認定されたが、暇が無いのでゴルフはやめた。日曜日は競馬を楽しんでいる。

ところで松田忍先生とは知人を通して知り合い、松田博士開発製品を07年4月ごろから飲み始めた。空腹時1時間後に服用して1時間は飲食しないように― というので、朝食前と夕食前に1包ずつ服用した。口の中で含ませたまま、上顎部から吸収させるように―という指示なので、それを守ってきた。他の松田博士開発製品も08年から1日1〜 2カプセルを飲んでいる。ただし、松田博士開発製品は09年から朝1包を基本にしている。

私はプロポリスの液体を10数年前までかなりの期間、飲んできた。ブラジル産、国内産様々だが、水などに溶けないので、何となく止めた。松田博士開発製品はプロポリスとアガリクス、藍染の藍を粉末状にして血管内に吸収しやすいようにし、それによつて体内に免疫力をつけていく、という。肝細胞がんを手術して3年半近くになる。私の周辺にも松田博士開発製品、それに元気の出る他の松田博士開発製品の効能を喜んでいる人たちがいる。

【掲載:2010年4月17日】

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