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「由井 修二」の体験記
「大丈夫?息ができますか?」、混沌とした人事不省からいきなり意識を取り戻した。しかし、息ができない、苦しい! 何だこれは? 口のなか喉にトイレットペーパーの芯のようなものがはめ込まれている。これじゃ息ができない。早くこれを外してくれぇー! そうしてやっと、私は、息を吹き返した。

が、うん?ここはどこだ? 時計が目についた。時間は夜の9時過ぎ、か。そう、私は腸閉塞の手術を受けたのだった・・んだが、それにしても、これは何だ、最新機器が勢揃いしたような妙に立派なそれこそ「完璧な」大設備の広い部屋の中。

まるで近未来SF映画のシーンにでも出てくるかのようなメカニカルな光景。2段折リクライニングのフル装備のベッド、傍らには、様々な機械装置がずらっと並んでいる。患者は私一人か、ガラスで仕切られた向こうの別室とは、スタッフの人か数名が立ち回っている。

確か、手術開始は午後1時、3〜4時間で終わるはずだったのに、もう既に8時間も過ぎている?そして、この異様なまでに物々しい大層な状況とは、一体どうしたということなのか?

何とそこは、集中治療室ICUの中だったのだ。私は、手術中、腸閉塞が横隔膜を圧迫して?心肺停止になってしまったらしい。

私は、死の淵をくるりと回って再び現世に落ちてきたのだった。しかしそれじゃ、あのまま逝ってしまっていたとすると、あの臨死体験なんていうものは体感できないものなのか?と、そんな呑気なことを言っている場合でもないだろう。

私は、2日前に、腸閉塞で、大学病院へ救急入院した。そして、今、口から、腹から、管に取り巻かれ、身も心も鎖に縛られたようなどんよりした呪縛の状態の中にいる。取り合えず、腸閉塞の腹の苦しさは逃れられたが、・・。

〜そして、それから聞かされる現実が、私の人生の言いようのない大転換の始まりだった。

                     

ここからは、端的に病状経緯を記すことにしましょう。
                          
■病状経緯:

1)06年10月〜腸閉塞状態で救急入院

2)同3日目〜大腸切除手術、大腸癌の診断(ステージ3)

3)同40日間〜入院の上、退院

4)06年11月~6ヶ月間〜再発予防として、抗癌服用薬を使用。

5)07年5月〜S状結腸癌(原発性)が見つかる。前年手術時には、腸閉塞状態で緊急手術のため、大腸検査を行っておらず見落としていたらしい。

6)07年7月〜2回目の手術、S状結腸切除。

7)07年11月〜短縮出勤により会社勤務復帰。

8)今回、再発防止の抗癌剤服用は、大腸切除の後遺症によって下痢頻回の状況のところ、抗癌剤の服用により、更に下痢頻回になることを避けて、抗癌剤を服用せず。

9)08年5月〜2回の大腸手術箇所から、周辺への浸潤再発が見つかる。

10)08年5月末〜抗癌点滴治療開始(最新血管新生阻害剤+FOLFIRI療法)

11)08年10月〜癌マーカー(CEA、CA19-9)、MRI検査共に、浸潤症状の所見されず。

12)08年11月〜それまでサプリメントとして、朝鮮人参、プロポリス、抗酸化SOD様食品を摂取したりしていたが、さる人の紹介により、この時より、松田忍博士開発の製品を使用開始。松田博士開発製品を1日4包飲用。飲用後の体調としては、やや身体の温かみと気分の落ち着きが感じられる。

13)08年12月〜抗癌点滴治療終了、一応寛解の診断を受ける。但し、最新血管新生阻害剤+FOLFIRI治療よる完治は難しいらしい。

14)09年1月〜診療担当医からは、引き続き、抗癌服用薬の使用を進められるが、服用時の副作用による生活への支障、免疫力の低下を避けるため、抗癌薬の服用は止める。そして、松田博士開発製品を1日6~8包飲用。

15)09年2月〜白血球数6,300に上昇(08年12月末同検査3,300)

16)09年4月〜松田博士開発製品、2製品各1包を1日4回飲用に変更。

17)09年6月~癌マーカー(CEA、CA19-9)、CT所見にて、再発所見なし。

18)09年8月〜癌マーカー(CEA、CA19-9)、再発所見なし。

19)09年8月〜松田博士開発製品1包を1日4回服用に変更。

20)09年11月〜癌マーカー(CEA、CA19-9)、再発所見なし。

~ 現在に至る。

1回目の大腸切除の結果は、生活への影響も大したことはなかったが、2度による大腸全切除の後遺症は、さすがに甚だ難儀を残すことになった。

何しろ大腸による「便の製造」がままならないわけで、そのままでは取り留めのない下痢状態になってしまう。それを強力な下痢止め薬「ロペミン」を毎食後2錠、寝る前に1錠服用して、かろうじて抑えている状況なのです。

それでも、1日数回の下痢と、夜中の腹の不調に悩まされ続けている。そのため、普段の生活も様々な制約を受けるし、睡眠も不安定、睡眠剤も欠かせない。

しかし、しかしである、人間なかなか捨てたものではないかもしれない。

生きているそのこと自体の貴重さを自覚し、生きて生かされていることへの感謝の気持ちを持って、とにかく今日を生きることに専念すれば、精神も比較的平穏を保てることになるし、また、生きる喜びもある。空意地でも元気だと思えば、元気も出てくる。とにかく、なにくそだ!

そう、そういうことなのである。一心、それに努めるしかない。

実際、これができなければ人生の甲斐がないと思っていた、ゴルフも、釣りも、山歩きや戸外での楽しみがほとんどできなくても、人生の共としていた酒が飲めなく旨いものが食えなくても、始終不快な思いに煩わされても、更に、先の収入が脅かされても、イヤ、決してそんなことで怯んではいけない。

只、今日を生きるのだ。

松田 忍博士の「製品」の使用以来、あの苦しい抗癌点滴治療から解放されている。

そして、生きていける希望を与えられている。それは何物にも代えがたいこの上なくありがたいことではないか。

今ここに存在する私を、ここはひとつ、読みかじった話しながら大きな目で振り返ってみよう。

現生物の共通祖先の誕生は38億年前、その後長く落ち着いた状態を経て、その中で「藍藻類」の繁茂が光合成により酸素を吐き出すことになり、その酸素の増加の結果、原始生物の猛毒である酸素が遺伝子の環を引き裂くことになる。

それが5億数千年前のカンブリア紀、「生物進化のビッグバン」を引き起こし、一挙に多様な生物を生むことになった、そして、急速な進化の糸を紡ぎに紡いで、いくら人間がイメージしても到底実感では決して及びも付かない気の遠くなるほどの連綿脈脈として繋がる「命」の連鎖の果てに、私は、「居る!のだ」。

更にもっと「宇宙観」の中において、私の存在の因果関係を思い巡らせば、宇宙における地球の誕生から、今の私に繋がるこの存在というものは、それは、それは、奇跡的などという如何なる言葉にもってしても絶対に筆舌にし難い、凡夫の思考などでは、更々、遥かに思い至れるものではない貴重・偉大なものであるのだ。

お釈迦様の言葉にある、「天上天下唯我独尊」。この世界において私が存在すること、只、既にそれ自体が、絶対に尊いことなのだ。

そしてまた、生きている姿と力を、分子生物学的に省みてみれば、こういうことらしい。

「生命とは、自己複製するシステムである」と唱えられ、更には、その現象を分子レベルで捉えれば、地球上の空気や土、そして、植物や動物といった生物との間において、諸元素が形を変えながら、急速なる循環を繰り返している。

「体をつくる物質は、常に分解と合成を繰り返して入れ替わり続けている。つまり「私」という存在を支える物質的な基盤はどこにもなく、私を含むすべての生命は、物質の流れの中の一時的な「淀み(よどみ)」のようなものでしかない。

このように生命は常にダイナミックに変化しながら全体としてバランスを保っている「動的平衡」の状態にある。」(福岡信一教授、分子生物学者)。

このように神韻とした生命の営みの姿により生物は、分解と合成をもって、秩序だったその動的平衡状態を維持する共に、いくら歳を取っても生きている限りは、その秩序を再生する機能を自ら備えている。今、この私の体の中でも、脳内細胞や、骨も歯も、内臓脂肪も、そして白髪も、皺も、常にこの循環の繰り返しによって生まれ変わりを行っているのである。

そうなんだ、常に生まれ変わっているのだ! と考えれば、病のままに生まれ変わるのではなく、次第に良質に生まれ変わる明日の自分を想像して、期待することもできるというものではないでしょうか。

松田先生の「製品」は、そうした私の生命の身体の働きにおける再生機能へスウィッチを掛けてもらうことになり、私自身の修復機能を健全化する作用が働いているのではないかと想像しています。

私は、生きる心と、松田先生の「製品」により、この後の人生を、一日でも多く、何としても意義あるものにして生きて行きたい、そうしなければならないのだと、日々念じている次第であります。

【掲載:2010年1月7日】

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