つぶやき広場

2010年12月28日

百万一心

Filed under: 未分類 — admin @ 12:35 PM

まだ若干20歳ほどにして毛利元就は、毛利家当主兄の興元の死に直面する。興元の長子幸若丸は1歳の嬰児。元就自身、父弘元の早世(家臣の派閥による暗殺?)の後、身の危険にさらされた松寿丸(元就の幼名)をお杉の方が連れて城を逃れ、松寿丸は武勇の器量を押し隠して只管学問を志向する隠棲の中で成長していた。そうした事情の中でここは当然跡目争いの乱れが生じかねない。この抜き差しならない一大局面で分家の身の元就は、敢然悠々と興元の見舞いとして駆けつける。そして、至極自然な振る舞いのもと死者に改めて末期の水を取らせた後、毛利家の家臣団を一堂に集め、臨終を告げる。そして興元の遺訓と称して、生前興元が唱えていた、「百万一心」を家訓とすることを宣言する。

百万一心とは、毛利家だけの団結ではなく、日本国中の一心と解すべきこととして、百千万の人々の団結を説き、その戦国の世の収集を目標とする理想を掲げて、毎朝太陽を拝することを家の行儀とした。人間が一番正しいことを実行しつつあると信じたおりに、最も大きな勇気と力を恵まれる。不信疑惑の生活は、ただその持てる力を半減するだけではなく、やがて人々もを個々バラバラに分断させる逆の力になっていく。~

誠の心により、不動の正義を貫くときにこそ、森羅万象の鼓動と力を一にした共振作用により、もっとも強い力を発現する。

更に、先哲の言葉には、

ありのままにわれある世とし活き行かば悔ひも怖れも何ものもなし

「ありのままに」とは正真の心。

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